トップページ - 呉史伝記-甘寧ノ巻 第十一章 |
甘寧 興覇 sonken-bundai 甘寧ノ巻第十一章 〜激戦の末の静寂〜 甘寧があれ程がんばったのにも拘らずに、孫権軍は撤退をせざるを得なくなった。 何故なら、大規模な疫病の流行があったからである。 そして、撤退する孫権たちを、これ見よがしに張遼が急襲を掛けてきた。 疫病に冒され、戦う力すら残っていない孫権軍は、絶対絶命の危機に晒された。 そこでまた甘寧の出番である。先程は攻めに活躍した甘寧だが、 次は防御、それも逃げのための防御に徹するのだから、戦とは因果なものである。 甘寧は凌統という武将と弓をとって決死の覚悟で戦った。 その二人の勇姿を、孫権はまたも多大に評価した。 今回の戦は、甘寧が攻めて甘寧が守ったような戦でもある。 さて、前途した凌統という武将。実は甘寧を恨んでいた。 凌統の父は、戦の度に先鋒を勤めた歴戦の士、凌操である。 凌操は、まだ甘寧が黄祖のもとにいた時に、甘寧に討ち取られたことは前途した。 凌統は、父の仇である甘寧を恨み、復讐の機会を窺っていた。 甘寧はそれを知り、警戒していたし、孫権も凌統に報復はするなと命じていた。 しかし、呂蒙の自宅で開かれた宴に、折り悪く二人が同席した。 凌統は剣を抜いて、剣舞を始めた。勿論、甘寧を殺すためである。 そもそも、戦と言うものは自分を殺そうとする相手を殺すものであって、 殺された人の親族と言えども、殺した人を恨むのはお門違いというもの。 「私めは双戟の舞が巧いですよ」と甘寧も剣舞を始めた。 それは即ち、凌統が仕掛けた決闘を、甘寧が受理したと言うことである。 しかし、「甘寧よ、そなたが双戟の舞は、俺程巧い訳ではないだろう」と、 呂蒙が盾を持って体ごと、二人の間に割り込んだので事なきを得た。 後日、二人は和解することなく、甘寧の移住命令という形で分かれる。 凌統は一生父の仇である甘寧を恨んで、病死した。 合肥の退却時の二人の活躍は、二人の相性が良かったのも一因であるだろう。 本来なら、この二人は協力しあってこそ更に強くなると言う感が否めない。 乱世とは、このように幾つもの宝玉を光る前に潰してきた。 |